B2-鬼羅生門
B2-鬼羅生門 Net→ B2-鬼羅生門 羅生門 芥川龍之介「羅生門」 或日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の 下で雨やみを待つてゐた。 廣い門の下には、この 男の外に誰もゐない。唯、所々丹塗の剥げた、大 きな圓柱に、蟋蟀が一匹とまつてゐる。羅生門が、 朱雀大路にある以上は、この男の外にも、雨やみ をする市女笠や揉… 羅生門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者が なかった。するとその荒れ果てたのをよい事にし て、狐狸こりが棲すむ。盗人ぬすびとが棲む。と うとうしまいには、引取り手のない死人を、この 門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来 た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気 味を悪るがって、この門の近所へは足ぶみをしな い事になってしまったのである。 下人の考えは、何度も同じ道を低徊ていかいし た揚句あげくに、やっとこの局所へ逢着ほうち ゃくした。しかしこの「すれば」は、いつまで たっても、結局「すれば」であった。下人は、 手段を選ばないという事を肯定しながらも、こ の「すれば」のかたをつけるために、当然、そ の後に来る可き「盗人ぬすびとになるよりほか に仕方がない」と云う事を、積極的に肯定する だけの、勇気が出ずにいたのである。 下人は、大きな嚔くさめをして、それから、 大儀たいぎそうに立上った。夕冷えのする京都 は、もう火桶ひおけが欲しいほどの寒さである。 風は門の柱と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、 吹きぬける。丹塗にぬりの柱にとまっていた蟋 蟀きりぎりすも、もうどこかへ行ってしまった。 見ると、楼の内には、噂に聞いた通り、幾つかの 死骸しがいが、無造作に棄ててあるが、火の光の 及ぶ範囲が、思ったより狭いので、数は幾つとも わからない。ただ、おぼろげながら、知れるのは 、その中に裸の死骸と、着物を着た死骸とがある という事である。勿論、中には女も男もまじって いるらしい。そうして、その死骸は皆、それが、 かつて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われ るほど、土を捏こねて造った人形のように、口を 開あいたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上 にころがっていた。しかも、肩とか胸とかの高く なっている部分に、ぼんやりした火の光をうけて 、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、 永久に唖おしの如く黙っていた。 下人げにんは、それらの死骸の腐...