B2-この世は多元浄土(3)西連寺編
OKA-P 月夜に萩と尾花
私の生まれ故郷、生家の旦那寺 「西連寺」常行三昧
常行三昧会 / 西蓮寺 茨城県行方市西蓮寺
2019/10/01
西蓮寺(茨城県行方市)
西蓮寺(さいれんじ)は、茨城県行方市西蓮寺にある天台宗の寺院。
山号は尸羅度山。院号は曼珠院。本尊は薬師如来。俗に常陸の高野
山ともいわれる。Wikipedia西連寺(行方市)参照
[4K] 茨城県行方市玉造 大山守大場家郷士屋敷
2015/01/10 大場先生は長年教育界で尽力為され、教育委員会
の長としてもご活躍なされ、私も学生のころお教えを頂きました
また父葬儀においては経歴の紹介をして頂きました
伝教大師1200年大遠忌記念 特別展「最澄と天台宗のすべて」
比叡山 日本仏教の母なる山 2021/10/22
「情熱」を持ち続ける心構えがあれば、人生は必ず開ける
1300年の歴史で2人 大峯千日回峰行満行を経て辿り着いた世界とは
慈眼寺住職・塩沼亮潤氏 2015/07/21
Reasons for religion -- a quest for inner peace | Daiko Matsuyama
TEDxKyoto 2014/10/31
追補
何故、西連寺が高野山と呼ばれたか、私はその理由の一つに
鉱山関係の遺跡が多くあることを上げたい。
私の子供の頃には霞ケ浦には堤防が無く、砂浜が続いていた
しかも岸辺は粘土質の崖状に切り立った部分もあり、水中は
粘土質でありその上に厚く砂が堆積していた。鹿島臨海工業
地帯ができることで、霞ケ浦は水瓶化し水質は悪化したが、
それ以前は飲めるほどにきれいな水質であった。
岸辺の砂地には砂鉄が多く堆積しており、岸辺の粘土質の
部分には金糞と思われる製鉄廃棄物の層を見ることができた
又、水浴びに興じていると、足元には金糞の塊がゴロゴロ
していた。霞ケ浦は遠浅の砂地で当時は透明度が高く、
水中の水草や水草の中を泳ぐ小エビや小魚を確認できた
霞ケ浦を少し離れると台地を形成し、畑地となっている
そこから染み出す水は、水田地帯に湧き水となって吹きあ
がる 各所にその様な井戸がみられ、農業用水となっている
台地からは尾根が低地に向かって伸びているが、多くは
粘土質で貝の化石が多く含まれている。これは縄文のころは
霞ケ浦は内海としてあったからである。
さらに高所を見ると、赤土がみられた。奈良時代の廃寺跡や
たたら製鉄に関する長官の遺跡、今は灌漑用に供される
三段に連なるため池が見られる たたら製鉄が水田開発
と結びついていたことを考えると、この西連寺周辺は
古代の金属生産地であり、西連寺が高野山と呼ばれる由縁
の一つに挙げられるのではないだろうか
2021/11/25 SUBARU On-Tube
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