B2-幽霊体験記


B2-幽霊体験記
学校への登り坂 その登り口付近に使われ
ていない古井戸があった
人生も自分が老人の部類に入って来ると
結構それまでに死線を越えそうな体験を
している 親よりも先に行く不幸は幸い
な事にしないで済んだ 親父が死んだ時
には当日死に水を口に含ませる事ができ
た 最初で最後の親孝行だったと今は思
っている
霞ヶ浦の岸辺
私の子供の頃は霞ヶ浦には堤防は無く、
砂地の岸と葦の茂みが繁茂していた 或
る日父親と田んぼの見回りの帰り道、葦
の茂みの浅瀬を歩いていると、急に水中
に落ち込んだ 砂を採取した穴が水で隠
れていたのだ 幸いにもすぐに浮かび上
がった もし浮かび上がらなかったら、
私は溺死体となって発見されただろう
父親は急に私が消えてしまったように見
えただろう 気が狂ったように探すも見
つからない その後の父親の人生を変え
てしまうような途方もない親不孝をする
ことになったかも知れないのだ

農村と言えど農業施設による子供の溺死
や機械操作による大人の死はたまに見か
けることがある 残された者は精神をや
られる 

ある日の夕方 
私は釣りが好きなので利根川には釣りに
よく出かけていた 暗く成ってきたので
帰ろうとしていると三人連れの家族と思
れる人たちが川の流れを覗きながら名
前を呼びながら通り過ぎて行った その
光景は今だに幻影の様に思われながら記
憶に残っている 余りにも衝撃的な事が
起こると当事者本人ばかりで無く、家族
さえも幻影となって浮遊するのかも知れ
ない 当事者の苦しみと家族の悲しみは
幻影となって その地を浮遊する

最初で最後の幽霊体験

古井戸の前の幽霊
小学校6年生だった頃、当時は男の
先生は宿直があった 担任の先生が宿
直の晩は近所の子供たちは遊びに行っ
た 職員室や夜の校庭で遊ぶのは子供
にとっては大変に面白いことであった

その晩私は懐中電灯を手に家から10
分位の学校に出かけた 坂の上り口に
さしかかると女の人が立っている 私
は思わず懐中電灯の光を女の人の顔に
向けた ところが顔が霧に覆われた様
に霞んで見えない 着物は白い浴衣の
様に見えた 私との距離は2、3mで
ある 井戸の反対側は道を挟んで廃屋
が一件ある とても女の人が一人で立
っている場所では無い この時間帯で
は人通りは全くない筈だ 私は失礼に
なると思いすぐに坂を登って行った

もう友人たちは集まっていた 私は今
しがたの事を話してみた 皆静まりか
えった その後はどうしたのか覚えて
いない 記憶に無いのである 後で母
親から聞いた話では 学校の場所は墓
地であったそうだ それを戦争中は畑
にしてサツマイモを作っていたそうで
ある 一人で宿直する先生は怖かった
かも知れない 

今思うと
この女の人は、顔が見えなかった つ
まり喜怒哀楽が見えないのである
自己主張がなく、浴衣の様な着物を身に
着け、病床にあったのかも知れない
すると答えは一つである 生きたかった
のである 生きて生きた証が欲しかった
のだ 

皿屋敷のお菊さんは恨みを残し井戸
から霊となって無念をはらした
井戸は水脈で心がつながっていると
言う 地上の川と地中の水脈 地上
の川は海へと流れ、地中水脈は泉と
なって湧き上がる 恐らくお菊さん
もこの女の人も子供が欲しかったの


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